養蜂家カルロ・ピエトランジェリさん(50歳)は、子供の頃からはちみつを作り続けてきた。ローマから北へたった30kmほど離れたアングイッラーラという村で生まれ育った。周りには栗や樫の木の森やなだらかな丘が続き、ブラッチャーノという美しい湖がある。昔はこの辺りには猟師と農民しかいなかったというが、今ではこの美しい湖のほとりには農民や猟師はほとんど残っていなく、かわりにローマのカオスから逃れてきたローマ人が多く住む所として知られるようになった。 カルロさんの父親は、少しの農地と何頭かの牛、豚を2頭、ニワトリを何羽か、そして蜂を飼って暮らしていた。ヒイおじいさんの代から受け継いできたもので、4代目のカルロさんは、2人の息子(18歳と9歳)のどちらかでもこの仕事を受け継いでほしいと願っている。 カルロさんが子供の頃、学校が終わると皆がサッカーをしたり湖で泳いでいるかたわら、父親と一緒に過ごしてさまざまな蜂の秘密について教わった。蜂の信じられないような世界にすっかり魅了されたという。 14歳の時にはりっぱな養蜂家となっていた。 「でもあの時代には誰もハチミツを欲しがる人はいなかった。なにか特別な薬のように思われていたんだ。薬としてのイメージが強かったため、不幸を呼ぶものというイメージまであったのだ。だから贈り物になんてとんでもないし、買う人もいなく、皆砂糖しか使わなかったという。はちみつは家族で食べる分と、タバコ屋さんがタバコの葉が乾燥しないように少量、それからはえ取り紙にハエがつくようにベタベタしたはちみつを塗っていたぐらいしか用途がなかった。今でもこの方法は使われている。
80年代に入ってから、自然食品のブームが起こった。地中海ダイエットが爆発的人気になり、自然食品やエコロジーの勧め、薬草による治療(ヨーロッパの漢方のようなもの)やその薬草を売る店がキノコのようにあとからあとから出て来た。僕の奥さんのミリアムも薬草を売る資格を持っていて、店を持っている。やっとハチミツが世間にその効用や栄養、おいしさを認められるようになったというわけだ。食べるものが“人”そのものだということがわかったんだ。 最初20箱しかなかったミツバチの箱は、あっという間に100個、200個、と増え続け、今では450箱もある。もっとハチミツを作ってほしいと言われ続けているけれど、量を増やせば人も雇わなければならない。でも僕は一人で仕事をするのが好きだし、もし生産量を増やせば、なによりもはちみつの質を落とすことになる。 だから自分一人でできる範囲を守ることにしている。お金のために僕の大切なお客さんの信頼を裏切ることはこれからも決してないよ。」
アングイッラーラの住民が自宅とローマを行き来する生活を送っているのに対し、カルロさんはイタリアの中心を中部から北部に連なるアペニー山脈の最も高い山、グランサッソ(標高2914メートル)の麓と自宅を行き来する。カンポトストと呼ばれるその村は、標高1300メートルあり、カルロさんはそこに450のハチの箱を置いている。カンポトストに広がる土地は雄大な自然そのもので、統合ヨーロッパの管理するイタリアハチミツ協会(IMC)の厳しい検査のもと、無農薬のハチミツの認定をうけている。アカシア、タラッサコ(タンポポ)、山の花、栗、ユーカリはこの場所で採れるものである。
しかし他の花のハチミツを採取するには、ハチは別の州にも引っ越さなければならない。450箱のハチはカルロさんのトラックに揺られて、時にはトラックごと船に乗って、サルデーニャ島に西洋山桃やラベンダーのハチミツを採りに行く。 また、オレンジの花のハチミツやタイムのハチミツはシチリアまで出向いていく。オレンジは平原が広がるカターニアの、タイムはシラクサの近く、エブレイ山までと広がる。
ハチミツは花から採れるので、当然季節ものである。もし天候が不順でなければ、これらのハチミツはだいたい5月から11月に採れることになっている。アカシアとオレンジは5月頃。タンポポと山の花は6月頃。栗とラベンダー、タイム、ユーカリは7月から。西洋山桃は11月頃。 カルロさんのハチミツのように、抗生物質や薬品を一切使っていないハチミツを味わう機会があれば、働き者のハチ達が苦労して集めた何億もの花のことを思い出して下さい。
ハチミツ説明 西洋ヤマモモ:サルデーニャ島特産のハチミツ。その濃厚で独特の香りと心地よい苦みは、世界中のどのハチミツとも比較にならない特別な味。数が少なく、イタリアでも貴重で高価なハチミツとされる。パンにつけてもおいしいが、チーズとの相性も抜群。
ラベンダー:あっさりしているが、ほのかなラベンダーの香りを楽しめる。粒子が細かくてクリーミーな味わい。
シチリア産タイム:様々な野菜や植物と同じく、シチリアの強い日射しと温暖な気候に恵まれて育ったタイムは、強い芳香を持っている。甘さを味わう以外にも、チーズなど食事との組み合せにも適している。
シチリア産オレンジ:シチリアのオレンジを食べると、どこの国のオレンジも色水のように思えてしまう。甘く香り高いおいしさは、果実だけではなく花にも表れていて、柑橘系のかすかな香りがすばらしい。お茶に入れた時に、フワリと鼻をくすぐる芳香を楽しんで。
栗:独特の香りと苦みは一度食べると癖になる味わい。カルロさんの栗のハチミツは、香りは高いがさっぱりとしていて嫌な匂いはなく、どこのよりも食べやすい。栗のハチミツは嫌いだという方でもその考えが変わるもの。カルロさんのハチミツを選ぶ決め手となった。 タンポポ:ホックリとした味わいとタンポポの苦みが感じられるハチミツ。最初は他のハチミツと比べて地味な感じがしたが、食べ始めると飽きのこない自然の滋味を味わえる。
2005.12.25 著者:シルヴィオ・ピエルサンティ 訳:朝田今日子
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